さて、わたしは石原結實氏の本を読んで少食健康法にともなった減量をすることにしたのだが、なにも先生の言うことはなにもかも絶対!と信奉しているわけではない。というか、性格的にそこまで狂信することは不可能。
目がふさがれて思わぬ落とし穴に落ちるのが嫌で、ついて行くにしてもどうしても「穴を探しながら」になってしまうのだ。
で、そんなわたしが、「見つけた」というにはあまりにも大きい
絶対最初からそこにあったであろう
見えていなかった「穴」。
いくら、たとえ命にかかわるような成人病を発症していたとしても、
急に、ここまで少ししか食べない生活に切り替えるということが
はたして普通の人にできるものだろうか?
わたしの場合は、たまたま、元々が粗食ではあった。
太る前と、太っていっている間も、雑穀ごはんを中心に野菜たっぷりの汁物と、タンパク源は納豆か焼き魚、という食事自体はずっと変わらなかった。
太ったのは、無意識に、あるいは自分に言い訳を与えながら
一日中ちまちま食っていたムダ菓子が積もり積もってのことだとわかっていたので、
ここをうまく処理できさえすれば道は拓けるはずと思い
そして見つけたヒントが石原式だった。
つまり、元々
「昨日はハンバーグだったから、今日はイタリアン?それともカツ丼にするか?」
という選択肢は持っていなかったからこそできた部分がある。
が、しかし
普通の人、ことにメタボ宣告されるような方はほぼ皆さん
365日、上のような選択で食事内容を決定しながら生きてこられたのではないか?
石原氏の本にも例がある。
53歳で162センチ、86キロあった方。
45歳の時に心不全で長期入院し、以後薬は処方されたものの
糖尿病をはじめあらゆる成人病の兆候があり、石原クリニックを受診。
らんちうが自己流にアレンジしていいかげんにやっている石原式少食健康法を、この方はほぼ完全に忠実に実行し、みごとにあらゆる数値が改善、大幅減量もされてめでたし、という話。
最初は「ほお~」とただ感心して読んでいたが、何度か読み返しているうちに
いやちょっと待て、と。
この方はずっと
「グルメで大食漢、甘いもの好き」だったとあるが。
とすると、この「成功例」の話は、かなり大事な部分が抜けている。
「今までどおり食べたい」という欲求を、どう納得させたかについてである。
ダイエットがうまくいかない人がいちばんどうにかしたい部分て、けっこうこういうところなんじゃないか。
おそらくこの方は、石原クリニックを訪れた時点で「最後の頼みの綱」ぐらいの覚悟があり、どんな厳しい食事制限も「命にかかわるなら」という思いでやり遂げられたのだろう。
というか文面から空気を察するとそう言いたいのだろう。
(心不全で生死の淵をさまよったにもかかわらず、以後も石原クリニックを訪れるまで食生活を改めなかったわけだから)
でも、それなら
(おそらく大多数の)今現在命にかかわるほどではない状態の人は?
どんなに健康の大切さを説かれても、「でも自分だけは大丈夫だろう」とか、「どうせ遠い未来のことなんだからそれまでになんとかすればいい」という言い訳を自分に与えてしまう人に、「ハンバーグかカツ丼か」だった選択肢を今日から「そばか玄米か」にしろというのは、いくら医学博士の後ろ盾のついた「健康法」でも、言われる側にとっては「とにかくむやみに断食しろ」というのと変わらないのではないか?
と思っていたら、今日本屋で
もうひとりわたしがダイエットにおいてリスペクトしている研究者
浜内千波氏の本を見かけ、同じ疑問にぶち当たった。
「やせたいならオヤツも含め1日6食ぐらい食べよう」という趣旨の本。
帯のアオリなんかを見ても、あきらかに
「え~っそんなに食べてやせられるならウレシイけど!」
と思わせる誘い方だったが、内容をよく見たら
なんのことはない、
今のわたしと同じような食生活を送れという話だった(笑)
オヤツOKといってもフルーツやヨーグルト、あるいは
通常食事のおかずとして食べていたものを分離させて間食にまわす。
もちろん食事も、かなり健康を意識した低カロ食。
一応、通常人気のオヤツとして食べられている食品の
「1日これぐらいなら食ってもまあいいよ」という目安量なんかも載っていたが、
そんなちょびっとでやめられるなら誰も苦労はしないだろうに・・・。
浜内氏も石原氏もれっきとした研究者でいらっしゃるし、
本には食いつきやすく読んで楽しい体験談だけではく
きちんと栄養学や医学に基づいた、栄養素や数値を出しての説明も書いてあり
それがその方法がうまくいくという裏付けなのであろうが、
正直なとこわたしはそういうの、めんどくさいから読み飛ばします(笑)
身内に成人病の見本市のような人間がいて
子供の頃から健康の大切さを嫌というほどわかっていたわたしでさえも、
「そんな裏付けはいいから今起こっているこのかっぱえびせんを食べたいという欲求をなんとかしてくれ」と思うのだ。
「どうせ死にゃあしねえ」と毎食後スナック菓子を袋食いしていた人たちが
「このままでもやせられるのか!」と誤解して大喜びで浜内先生の本を買って
読んだら期待とあまりに違い「ケッ」と読み捨てるとしたら、
この「ダイエット方法としてはたしかに正しい」本も、
最初から一時のブームをあてこんで乱発される
「朝●●を食べるだけでやせる!」みたいな本と
変わらなくなってしまうのではないだろうか?
わたしが結論を出すのもおかしいが、体験者として
結局石原式も浜内式も、
「けっこう苦しい我慢を強いられ、おのれの意思の力でなんとか抑え込むしかない」
ということには違いないと思うのだ。
そこへ向かう入口というかきっかけとして、
「6食も食べていいんだよ~」とか、
「こんなに血液がきれいになっていろんな病気が治るんだよ~」
とおいしそうなことを言うのは決して悪いことではない。
しかし・・・
それまで「自分にとっては自然体」で知らぬ間に「増量」に向かっていた生活を
真逆の「減量」に向かわせるというのは、ちょっと考えたら
とてつもなく「不自然」で、どうやったって「苦労」は強いられるものと
わかるはずだ。
入り口にどんなにおいしそうなカンバンが掲げられてあっても、
最終的にそれを実行できるかどうかは
「ど~~やったって↑こういう事態は避けられないんだ!」
という覚悟のあるなしにかかっているのではないだろうか。
・・・これだけで終わってはあまりにも書き逃げなので(笑)
わたしが今現在も、ムダ食いを抑えるのに使っている
魔法のフレーズをひとつ紹介しておこう。
(注:わたしは元々1回の食事量はかなり少なめだったので、
これは“食事以外でのムダ食い”をセーブするためのワードである。
食事自体を大量に食べるのをセーブするのには効かないのであしからず。)
『空腹感とはお腹(胃腸)が「空っぽ」なので起こる症状ではなく、
血糖が下がったときに、脳の空腹中枢が感じる感覚』である。
※石原氏著書より引用。
手持ちのカロリーブックには
「食事と食事の間は6時間空けるのが理想」とある。
そこでわたしの場合、「ハラへったなあ」と思っても
前の食事から(だいたいだが)6時間経っていなかったら、
まず「何分前に黒糖を食べたか」を思い出す。
最短で「一時間近く」経っていたら、とりあえず黒糖のかけらをひとつ口に入れる。
(かまずにアメのようにゆっくりなめて溶かす)
あるいは
その時点で次の食事までに1時間以上あるようなら、正直黒糖ではもたないので
ひと手間かけてジンジャーミルクティーを作る。
熱々なのでゆっくり飲むと、これで1時間ぐらいはもつ。
とにかく空腹感をおぼえても6時間経っていないときは
「脳の錯覚、脳の錯覚」と言い聞かせるのが肝心である。
それでも「そこまでして空腹に耐えなくてはならないなんて・・・」
と思われたあなた。
じつは、もっとも究極に肝心なのは、ズバリ
「“そこまですること”そのものを楽しむこと」
なのですよ。
目先に掲げられた「手軽さ・楽さ」に飛びつくよりも、
「本当は辛く苦しい」ということをちゃんと理解した上で
「なんとか自分なりに工夫して、その苦しい時期も楽しく思えるようにしよう!」
というほうが、結局は長続き&成功につながるのではないか。
と信じてまさに今実行中なわけだが、
さてみなさんどう思われますか?
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