2007年は結局65近くあるまま越してしまったのねん。。。
23日の日記でも毒吐いてるけど
わたしはしょうもない食生活をしている大人の男性が大嫌いです。
「直せばいいのに」というレベルではなく、もはや憎いです(笑)
それはきっと、わたしの父親がそういう人で
子供~思春期の頃にとても迷惑をかけられたから。
どんなに「いっしょうけんめい働いて養ってやったんだ」と言われても
「でもものすごく迷惑もかけられてつらい思いをした」というほうが
この歳になってもいまだ勝ってしまいます。
わたしは中学の時学校でいじめに遭ったのですが、登校拒否にならなかったのは
単に「いじめられる学校」のほうが、「父親がいる家」よりまだましだったからです。
うちの父親は、いろんな成人病でしょっちゅう入院していました。
入院設備のある病院が遠くにしかなく、タクシーに乗れるほど裕福ではなかったので
小学校低学年の頃から、しょっちゅう片道1時間以上も自転車をこいで病院に駆けつけては父親の用事をさせられました。
退院してもまたすぐ別の病気になったり。
基本的に生活を改める気がないからあたりまえなんですが。
父親はいわゆる「業界人」なので、欧米風の偏った食生活を
カッコイイとさえ思っているふしがありました。
それを憂えた母親はあらゆる健康食品にはまり、
ついにはネズミ講に手を出してどっぷり洗脳されました。
いまだに解けません(笑)もうおそらく骨になっても無理でしょう。
わたしがいじめに遭った頃には、父親は
「働けないぐらい具合は悪いけど、寝てるしかないから入院代がもったいない」
という状況になって、毎日家で薬を飲んで寝ていました。
当時わたしは成人病とか高血圧なんて言葉は知らなかったので、
母親に「お父さんは何の病気か」と訊いたら「風邪だ」と言われました(笑)
・・・風邪で何か月も会社に行かないわけはないんですが(笑)
「お父さんには話しかけてはいけないし、寝てる部屋に入ってもいけないし、
その部屋の近くを通るときは極力物音をたててはいけない」
と言われていたので、家の中ではろくに話もできませんでした。
なぜ話しかけてはいけないかというと、それは単に
「子供がうるさいと父親の機嫌が悪くなり、攻撃を受けるのが母親だから」
というだけなのですが。
事実母親はいつも寝ている父親に過剰に気を遣いぴりぴりしていて、
わたしが「学校でいじめに遭っている」と相談しても
「そんなのおまえに落ち度があるからだ。
もっと勉強して優秀な人間になれば誰も何も言わなくなる」
という、いかにもその場しのぎな答えしか返ってきませんでした。
子供が学校で死んだ方がましな目に遭っているというのに、
てめえの不摂生で体を壊した養い手への気遣いを強要する親。
もう本当にこんな家、わたしが学校へ行っている間に
寝ている父親ごと燃えればいいのにと思っていました。
それから父親は、一応働けるところまで回復し
しばらくは生活は改めないけど薬漬けでどうにか暮らしていたのですが、
60を過ぎたある日
とうとう脳梗塞で死の淵を体験し、
そこでやっと、本当にやっっっと
食生活を改める気になったのでした(笑)
わたしももういい歳だし、棺桶に片足つっこんだような人にケンカ売ってもしょうがないので、父親の前では当時のことも含め恨みごとのひとつも言わずいい子ちゃんにしています。
おそらく父親は、わたしがいじめに遭っていたことすら知りません。
もし当時父に話せたとしても「うるさい!」とねじ伏せられ
あげくに「お母さんの教育が悪いからだ!」と母親に責任を押し付け、
最終的には母親から「おまえがすべて悪い!!」ととどめを刺されていたことは明白です。
わたしが物心ついたときからうちはそういう家庭だったので、
余計な問題を持ち込まないことがいちばん平和なのだとわたしは学んでいるのです。
でも、
わたしの中では父親の評価は、あのいじめに遭っていた頃から
なにひとつ上昇していません。
おそらく死んでも、何の感情も動かないだろうと思います。
娘にそんなふうに思われていることすら知らずに死んでいけばいいと思っています。
メタボな父親の皆さん
あるいはこれからなろうという方。
愛する娘に死んだ魚のような目で見られながら眠りにつきたくなければ
今のうちに、これまでのおのれの食生活を含めた人生全般
ぜひ悔い改めてください。
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